空色徒然草

by いおいお

その左手で掴んだもの

 ふらっと図書館に行って、ぱっと目に入った『君はレフティ』というタイトルについ手が伸びた。「レフティ」と聞くと、ベーシストか何かだろうか、とつい思ってしまうのが音楽をやっている者の性である。「君はレフティ」とのたまっているのは女のほうで、つまりこれはある女とベーシストの男の恋愛物語か何かなのかもしれない、とタイトルだけでまず空想を広げる。どこかの国のとある民族に、彼氏がバンドマンであることは若い女性にとってステータスである、という文化があると聞いたことがある。もしかしたらそういう、バンドマンを彼氏にすることを生きがいにしている健気な女の子とそんな女の子を何人も相手にしながら人生の虚しさを知る男の子(左利き)の、愛と絆と性と絶望の物語なのかもしれない、もしそうだとしたら、ちょっと面白そうかも、と勝手に決めつけて、滞りなく貸出手続きを済ませる。
 まあ、わかってはいたけれど、全然違った。
 主人公の男の子・小谷野真樹こやのまさきは高校二年生、写真部部長。とある事故により、いわゆる記憶喪失(全生活史健忘)を患い、自分や家族、学校の友人たちのことを何も思い出せない状態で、元の生活に戻っていく。クラスメートでもあり写真部の部員でもあった生駒桂佑いこまけいすけ春日かすがまどかの二人に支えられて、順調に学校復帰を果たしていく小谷野だったが、文化祭直前に起こったある事件をきっかけに、二人が何か重大な事実を自分に隠しているということに気付き始める……。
 見ての通り、バンドマンの彼女とかそういう下衆っぽい話(失礼)とはとんと関係がない。音楽の要素からして皆無である。恋愛モノであることは確かだけれど、もう少し複雑な事情を孕んでいて、考えさせられるテーマを含んでいる。
 著者の額賀澪ぬかがみお、聞いたことのない作家だったけれど、1990年生まれとあるから割に歳が近い。(歳が近いと何となく応援したくなる。)そして文章がやさしい。易しいというか、優しい。たぶん、根が優しい人なのだろう。たまに、中学生向けの推理小説を読んでいるような気分になったりもしたけれど、作者がもっと歳を食ったらもっと大人びた優しい小説を書くようになるに違いない。

 

君はレフティ

君はレフティ